ネット上の一部では、「安美錦は怪我を抱えながら晩年まで相撲にしがみつきすぎたのではないか」「親方としての独立は師匠筋との確執があったのではないか」といった根拠のない憶測が囁かれることがあります。しかし、これらは現場の実態を反映していない明らかな誤解です。
まず、40歳まで現役を続けた理由について、親方は「自分が土俵に上がり続けることで、大怪我をしてもここまでやれるという希望を後輩やファンに示したかった」と公の場で語っています。ボロボロになりながらも関取の座を死守したのは自己満足ではなく、力士としての純粋な誇りと職人魂によるものでした。
また、独立の経緯についても、伊勢ヶ濱一門の系統を受け継ぎながら、将来的な角界の発展を見据えて円満に進められたものです。伝統的な相撲界では、親方の独立に際して様々な摩擦が取り沙汰されがちですが、安美錦の場合は師匠への恩義を重んじつつ、自らの目指す「現代に適合した育成環境」を具現化するために周到な準備を経て部屋を立ち上げました。不毛な憶測とは裏腹に、旧態依然とした体質から脱却したクリーンな運営体制こそが、現在の安治川部屋の強みとなっています。