かつてファッションモデル業界における「ハーフ」の存在は、エキゾチックな記号として消費される側面が強かった。しかし、その潮流を根本から変革したパイオニアたちがいる。水原希子はその筆頭だろう。モデルとしての圧倒的なキャリアに安住せず、自らのクリエイティブオフィスを立ち上げ、時には社会的なオピニオンを発信する彼女の姿勢は、日本における「モデル」の概念そのものを拡張した。
また、玉城ティナの歩みも極めて示唆に富んでいる。雑誌の専属モデルとしてティーンの絶大な支持を集めた後、俳優として難役に次々と挑戦。さらには短編映画の監督・脚本を手がけるなど、クリエイターとしての才能を鮮やかに開花させた。彼女たちが切り開いた地平は、単に「カメラの前に立つ客体」から「カルチャー・ライフスタイルを能動的に生み出す主体」への決定的なシフトを物語っている。