1970年代初頭、日本のエンターテインメント界は大きな変革期を迎えていました。その震源地となったのが、1973年2月に『天使も夢みる』で歌手デビューを果たした桜田淳子です。同年、名曲『わたしの青い鳥』が大ヒットを記録し、日本レコード大賞最優秀新人賞をはじめとする主要音楽賞を総なめにしました。トレードマークとなった白いキャスケット(エンジェルハット)を被り、屈託のない笑顔で歌い踊る彼女の姿は、瞬く間に日本中を虜にしました。
当時、山口百恵、森昌子とともに結成された「花の中三トリオ」において、桜田淳子が担った役割は圧倒的な「陽のエネルギー」でした。憂いを帯びた表情で独自の陰影を表現した山口百恵に対し、桜田淳子はどこまでも明るく、澄み渡るような透明感と愛嬌を前面に押し出しました。このコントラストが、当時のグラビア出版界に計り知れない熱気をもたらすことになります。
当時のアイドルグラビアは、現代のようなデジタル補正や綿密なライティング機材が揃わない時代でした。太陽光の下、ほぼノーメイクに近い薄化粧でカメラの前に立つ彼女の姿は、計算されたあざとさとは対極にある、少女特有の生命力に満ち溢れていました。水着グラビアが単なる男性向けコンテンツにとどまらず、同世代の女性ファンからも「憧れのファッションアイコン」として受け入れられたのは、彼女が醸し出す天性の清潔感と健康美があったからに他なりません。