1960年代後半、日本中を猛烈な熱波のように包み込んだグループ・サウンズの大ブーム。その頂点に位置していたのが「ザ・タイガース」だ。ジュリーこと沢田研二が圧倒的なカリスマ性でフロントに立ち、失神するファンが続出するほどの社会現象を巻き起こす中、バンドの音楽的支柱として低音を支え続けたのが、“サリー”の愛称で親しまれた岸部一徳(当時・岸部修三)だった。
身長180センチを超えるスマートな長身に、物静かな面持ち。華やかなヴォーカルの横で、正確無比なリズムを刻む彼の姿は、熱狂するファンにとっても一際クールな存在として映っていた。京都で結成された「サリーとプレイボーイズ」を前身とし、上京後に瞬く間にスターダムへ駆け上がった彼らは、ヒット曲を連発。熱狂の渦の中心にありながら、岸部自身は常に俯瞰した視点でバンドのバランスを保ち、リーダーとしての手腕を発揮していた。