何千年間も人類を苦しめ続けた天然痘に対して、決定的な転換点をもたらしたのがイギリスの医師エドワード・ジェンナー(Edward Jenner)です。
近代免疫学の夜明け:牛痘接種法(種痘)の発明
当時、牛の乳搾りをする農民の間で「牛痘(牛がかかる類似の軽い病気)にかかった人間は天然痘にかからない」という民間伝承が存在していました。ジェンナーはこの現象に着目し、1796年5月14日、牛痘にかかった女性の手の水疱から採取した膿を、使用人の息子である8歳の少年ジェームズ・フィップスの腕に接種しました。
少年が軽微な発熱から回復した後、ジェンナーは本物の天然痘ウイルスを少年に接種(現在では倫理的に許されない実験ですが)し、少年が天然痘を発症しないことを実証しました。これが近代免疫学の礎となった「種痘(ワクチン)」の誕生です。「ワクチン(Vaccine)」という言葉自体、ラテン語で牝牛を意味する「Vacca」に由来しています。
日本への導入と緒方洪庵の功績
日本においては、江戸時代後期の1849年、佐賀藩の要請を受けたオランダ商館医オットー・モーニッケによって良質な牛痘苗が輸入されました。これを受け、蘭学者・医師の緒方洪庵が大阪に「除痘館」を開設。門弟や全国の蘭方医と連携して種痘の普及に奔走し、日本国内での天然痘の被害を劇的規模で食い止める基盤を築きました。
WHOの根絶計画と1980年の撲滅宣言
20世紀に入り、世界保健機関(WHO)は1967年に「世界天然痘根絶計画(SEP)」を発足。感染者が発生した地域を集中的に取り囲み、接触者全員に迅速にワクチンを接種する「封じ込め戦略(サーベイランス・コンテインメント)」が徹底されました。
1977年10月26日、アフリカのソマリアで記録されたアリ・マオ・マーラン氏(青年病院職員)を最後に、自然感染による大天然痘患者の発生は途絶えました。そして徹底した追跡調査を経て、1980年5月8日、第33回世界保健総会においてWHOは人類史上初となる「天然痘根絶宣言(Smallpox Eradication)」を公式発表しました。感染症を人為的に完全に根絶した事例は、現在に至るまで天然痘(および家畜の牛疫)のみです。