森光子の生涯と伝説|『放浪記』2017回の偉業と遺産・交友の真相

森光子の生涯と伝説|『放浪記』2017回の偉業と遺産・交友の真相

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華やかな表舞台の印象が強い森光子ですが、その前半生は挫折と苦難の連続でした。1920年(大正9年)に京都で生を受けた彼女は、映画俳優の叔父・勝見庸太郎の紹介で14歳の時に映画界へ進出。若い頃の写真を見ると、凛とした美貌と可憐な眼差しが印象的ですが、当時はなかなか主役の座を射止めることができませんでした。

戦時中は慰問団の歌手として戦地を巡り、終戦直後には重い肺結核を患って生死の境をさまようなど、過酷な試練に見舞われます。彼女の人生が劇的に好転したのは、30代後半になってからのことでした。

【森光子の主な生涯年表】

  • 1920年(大正9年):京都府京都市に生まれる。
  • 1935年(昭和10年):映画『なりひら小僧』で銀幕デビュー。芸名を「森光子」とする。
  • 1940年代:戦時中の慰問活動を経て、結核を発症し長期療養を余儀なくされる。
  • 1958年(昭和33年):喜劇番組『お父さんの季節』などでコメディエンヌとしての才能を開花。
  • 1961年(昭和36年):芸術座にて舞台『放浪記』初演。芸術選奨文部大臣賞を受賞し、一躍トップ女優へ。
  • 1984年(昭和59年):『放浪記』1,000回上演を達成。紫綬褒章を受章。
  • 2005年(平成17年):文化勲章を受章。
  • 2009年(平成21年):『放浪記』2,000回上演を達成。国民栄誉賞を受賞。
  • 2012年(平成24年):11月10日、92歳で逝去。

実父は旧家の実業家、母は芸妓という複雑な家庭環境で育ち、劇作家・岡部重孝との短い婚姻歴(後に離婚)を経て以降は生涯独身を貫きました。「家族を背負う母」の役を数多く演じた彼女自身は子どもを持たず、その愛情のすべてを演劇と仲間たちに注ぎ込んだ人生でした。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。