数々の仕手戦を仕掛け、一時は時代の寵児ともてはやされた相場師たちですが、その結末の多くは平穏とは言えないものでした。
誠備グループを率いた加藤暠氏は、1981年に所得税法違反(脱税)容疑で逮捕。その後も相場への情熱を捨てず、2010年代に「般若の会」を立ち上げて再び兜町へ復帰したものの、2015年に金融商品取引法違反(相場操縦)容疑で東京地検特捜部に逮捕されました。晩年まで法廷闘争と病魔と闘い、2016年に75歳で逝去。手元に残ったのは巨額の追徴課税と毀損された名誉でした。
是川銀蔵氏もまた、住友金属鉱山で莫大な富を得たものの、その後の所得税課税や別銘柄(同和鉱業など)での手仕舞い失敗によって資金繰りが急速に悪化。晩年は資産の多くを失い、税金の滞納に悩まされながら1992年に95歳で波乱の生涯を閉じました。
「相場で得た金は相場で消える」という相場格言の通り、相場操縦や過度なレバレッジに依存した仕手筋の末路は、逮捕・破産・孤立といった悲哀に満ちた結末が圧倒的多数を占めているのが現実です。