映画の終着点であり、物語の絶対的な核となるカーツ大佐の描写は、ハリウッドきっての天才でありトラブルメーカーでもあったマーロン・ブランドの予測不能な行動から生み出されました。コッポラは破格のギャランティ(3週間の撮影拘束で350万ドルという当時としては前代未聞の額)を支払ってブランドを招聘しましたが、現地フィリピンに現れた彼の姿に撮影クルーは言葉を失うことになります。
原作であるジョセフ・コンラッドの小説『闇の奥』では、カーツは病に冒され痩せ衰えた病的な人物として描かれていました。しかし、撮影現場に降り立ったブランドは推定100キロを超える異様な肥満体になっており、さらに約束されていた原作の読了すら怠り、用意されていた脚本の台詞を話すことを断固として拒絶したのです。
この壊滅的な危機を打開したのが、名撮影監督ヴィットリオ・ストラーロとコッポラの機転でした。ブランドの全身をカメラに収めることを諦め、黒いゆったりとした服を着せ、暗闇の中から坊主頭と鋭い眼光だけが浮かび上がる「キアロスクーロ(明暗対比の絵画技法)」を採用。さらに台本通りの会話ではなく、ブランドが現場で思索し即興で語る哲学的独白を長回しで記録する手法へと舵を切りました。
その結果、単なる戦争狂の脱走兵ではなく、戦争という巨大な狂気システムを客観視しすぎて精神を解体させてしまった「神のごとき絶対的異形」としてのカーツ大佐が誕生しました。現場の絶望的な妥協から生まれた演出が、皮肉にも映画史に残る伝説的なカリスマ性を生み出す結果となったのです。