ホウセンカを象徴するもっとも印象的なキーワードが、「私に触れないで(Touch-me-not)」という花言葉です。この刺激的とも言える言葉は、決して人間を拒絶しているわけではなく、成熟した果実が見せる極めて精巧な植物学的生存戦略に直結しています。
夏が深まり開花が終わると、ホウセンカは表面に細かな毛が生えた紡錘形の果実を結びます。果実が完全に熟すと、果皮を構成する5枚の弁の細胞組織内部で膨圧(水分による内圧)と細胞壁の強い張力が極限まで高まります。この臨界状態にある果実に、風や雨粒、あるいは通りかかった動物の身体がわずかに触れた瞬間、果皮が外側から内側へと一瞬でらせん状に巻き上がり、内部に収まっていた十数粒の種子を全方位へ激しく弾き飛ばします。その飛距離は約1メートルから3メートルにも達します。
この性質こそが、ホウセンカが属するツリフネソウ属の学名「Impatiens(インパチェンス=ラテン語で『我慢できない、短気な』の意)」の直接の語源です。自らの力で種を遠方へ拡散させ、親株の根元で光や水分を奪い合う過密状態を避けるための「自家散布(自発的種子散布)」と呼ばれる高度な進化の結晶です。
さらに、この花言葉の背景には切ないギリシャ神話の伝承も重層的に絡み合っています。オリンポスの神々の宴席で黄金の林檎が一つ紛失し、心優しき給仕の女神が不当にも盗みの疑いをかけられました。無実の罪を着せられたまま天界を追放された女神は、自らの潔白を証明するために地上を彷徨い歩き、力尽きて命を落とします。その亡骸を憐れんだ神によって姿を変えられたのがホウセンカであり、「疑いを晴らすために自らの胸の内を開いて見せたい」という叫びが、果実を開いて種を飛び散らせる性質に宿ったと語り継がれています。ホウセンカの花言葉には「私に触れないで」のほかに、「短気」「せっかち」、そして真情を吐露することを意味する「心を開く」が存在するのは、こうした科学的現象と神話的情念が表裏一体となっているためです。