周子氏の指導者としての原点は、長崎県諫早市で開いていたスポーツクラブにある。夫である内村和久氏とともに立ち上げたその場所は、まさに幼少期の航平氏にとって最高の遊戯場だった。父・和久氏も元体操選手であり、技術的な基礎や理論的アプローチを支える一方で、周子氏は精神的な柔軟性と表現力を磨く役割を担った。
夫婦で互いの役割を補完し合いながら、体操競技の本質的な楽しさを教え込む環境を作り上げた。決して押し付けや無理な矯正を行わず、自然な身体感覚を極限まで引き出す指導。この家庭内での質の高いトレーニング環境こそが、後の前人未到の快挙を生み出す揺るぎない土台となったのである。