ニトリ社長は誰?似鳥会長との違いや驚異の年収・資産と後継者真相

ニトリ社長は誰?似鳥会長との違いや驚異の年収・資産と後継者真相

ニトリ社長は誰?似鳥会長との違いや驚異の年収・資産と後継者真相についての最新情報をお届けします。

ニトリの歴史を語る上で避けて通れないのが、創業者である似鳥昭雄氏の規格外な経歴です。自著や数々の経済メディアでの赤裸々な告白にある通り、同氏の生い立ちは絵に描いたようなエリート街道とは対極に位置していました。

1944年に樺太(現サハリン)で生まれ、引き揚げ後に北海道札幌市で育った似鳥少年は、極度の貧困といじめを経験。勉強も大の苦手で、学校の成績は常に最下位クラスでした。高校・大学受験でも挫折を繰り返し、最終学歴となった北海学園大学政経学部時代には、単位を取得するために友人の力を借りるなど、お世辞にも優等生とは言えない青年期を過ごしました。

大学卒業後に就職した広告会社でも、極度の対人不安と要領の悪さから営業成績が上がらず、わずか半年足らずで解雇通告を受けます。行き場を失った末に1967年、札幌市北区にわずか30坪の「似鳥家具店」を開業したのが、今日の巨大チェーンの原点でした。

転機となったのは1972年、経営者仲間と参加したアメリカ視察研修です。米国の大型家具チェーン「シアーズ」や「レビッツ」の売り場を目の当たりにした似鳥氏は、日本の3分の1以下の価格で美しくカラーコーディネートされた豊かな住空間に激しい衝撃を受けました。

「日本の住まいを、アメリカのように豊かにしたい」――この強烈な使命感を胸に、家具の輸入、自社企画・製造、自社物流を統合した日本初の「製造物流小売業(SPA)」モデルを着想。自身の注意欠如・多動性向(ADHD)を公表しつつ、「人の短所は見ない、長所だけを生かす」「現状否定を繰り返す」という徹底した合理主義を貫くことで、年商1兆円を超えるグローバル企業へと育て上げました。数々の自著(『運は創るもの』『ニトリ 成功の王道』など)に記された泥臭くも鋭い名言は、今や多くのビジネスパーソンにとってのバイブルとなっています。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。