全国の神社を見渡しても極めて珍しい「参拝後に本殿の横壁を叩く」という作法。京都ゑびす神社において、この慣習が定着した背景には、御祭神である八重事代主大神(やえことしろぬしのおおかみ・ゑびす様)の神話的性格と、町衆が注いできた素朴な信仰心があります。
伝承によると、ゑびす様は大変な高齢であり、少し耳が遠い神様であると伝えられてきました。そのため、拝殿の正面から奏上した願い事だけでは聞き逃してしまうかもしれないと案じた昔の参拝者たちが、神前での参拝を終えた後に本殿の左側(北側)の板壁に回り込み、「トントン」と優しく叩いて「えべっさん、頼んまっせ」と念押しをしたのが始まりとされています。
社殿の左側面には、参拝者が手を触れやすいよう木製の当て板が設けられており、長年にわたり無数の参拝者が福を願って触れてきた歴史を物語っています。叩く際の作法として注意すべきは、「力任せにドンドンと叩くのではなく、親愛を込めて優しく2〜3回トントンとノックするように触れる」点です。神仏への敬意を保ちながらも、家族のように親しみを持って語りかける京都町衆の情緒が、この独特の作法に息づいています。
また、境内にはもう一つの名物所作が存在します。境内の二之鳥居上部に掲げられた「福箕(ふくみ・ゑびす様の顔が描かれた熊手網)」に向けて、下から小銭を投げ入れる風習です。鳥居の上にある網に見事賽銭が入ると願い事が叶うとされ、参拝客が足を止めて真剣に硬貨を放つ姿は、京都ゑびす神社ならではの風物詩となっています。