戦後の昭和天皇を語るうえで欠かせないのが、1946年から1954年まで足かけ8年半にわたり行われた全国巡幸です。
日本全国の炭鉱、工場、農村、戦災孤児施設などを巡り、移動距離は約3万3,000キロ、直接声をかけた国民の数は数百万人におよびました。訪問先で昭和天皇が発した「あっ、そう」「ご苦労であったね」という飾り気のない言葉は、当時流行語にもなりましたが、現場にいた人々に強烈な印象を与えました。
当時の記録映像や現地住民の手記によると、戦後混乱期の困窮した人々は、天皇を戦争責任者として糾弾するのではなく、むしろ自ら泥にまみれて被災地に足を運ぶ姿に涙し、復興への勇気を得たと語っています。SNSや歴史コミュニティの議論においても、「戦後の全国巡幸こそが、共産主義革命の危機を防ぎ、日本国民の心理的連帯感を再構築した最大の要因」と評価する声が根強く存在します。
また、訪米時に見せたディズニーランドでの無邪気な笑顔や、記者会見で時折見せるユーモアなど、人間味あふれるリアルな姿が国民との距離を劇的に縮めました。