まず押さえておきたいのが作品の基本情報です。椿説弓張月 読み方は一般に「ちんせつ ゆみはりづき」と読まれますが、研究者や古書の世界では「ちんぜい ゆみはりづき」と呼称される例も見られます。正式な外題(角書き)は『鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』。文化4年(1807年)から文化8年(1811年)にかけて刊行された全5編28巻29冊に及ぶ大作で、日本橋通油町の版元・平林庄五郎と文刻堂西村源六から上梓されました。
本作は、長編伝奇小説の巨匠である曲亭馬琴 代表作の一つに数えられます。最大の魅力は、馬琴の綿密な構成力と、挿絵を手がけた葛飾北斎 挿絵の圧倒的なビジュアルショックの融合にあります。北斎が描いた為朝の巨躯、荒れ狂う波浪、異形の怪物や怨霊の描写は、当時の読者に凄まじい衝撃を与えました。文字を読む大衆に強烈な視覚体験を同時に提供した点において、江戸時代における究極のメディアミックスと評価されています。