「青短(あおたん)」という愛称は、単なる略称を超えた一つのブランドだった。1950年の開学以来、キリスト教信仰に基づくリベラルアーツ教育を軸に、独立した女性の育成を目指した青山学院女子短期大学。高度経済成長期からバブル期にかけて、洗練された学生文化と高い就職実績を兼ね備えたキャンパスは、全国の志願者にとって憧れの象徴であり続けた。
単に流行を追うのではなく、語学力や教養、国際感覚を重んじる学風が根底にあった。自立した個として社会で立ち振る舞う力を養う教育プログラムは、当時の女子教育のあり方に一石を投じ、日本の高等教育界に大きな影響を与えたのである。