本作の白眉は、物理法則の根底を揺るがす圧倒的な映像演出にある。クリストファー・ノーラン監督が『インセプション』や『TENET テネット』で提示した視覚的迷宮のさらに先を行く、狂気じみた重力反転シークエンス。主人公が跳躍するたびに街全体が上下逆さまに軋み、観客は自分が立っている足場すら見失う。純粋なSFアクションとしての完成度は、近年の大作群の中でも群を抜いている。
だが、単なるCGの誇示ではない。天地の反転は、そのまま主人公の精神的な崩壊と直結している。華美な特殊効果に頼り切るのではなく、A24作品を思わせる陰影に富んだ質感と生々しい心理描写が同居する。呼吸の乱れ、コンクリートに擦り切れる皮膚の痛み。その触知可能なリアリズムが、架空の超能力バトルを生々しい人間ドラマへと昇華させている。