ニュースや歴史の授業で混同されがちなのが、「38度線」と「軍事境界線(MDL:Military Demarcation Line)」の相違点です。この2つは成立した時代背景も、地図上に引かれた線の位置も明確に異なります。
事の発端は1945年、第二次世界大戦末期に遡ります。日本の敗戦に伴い、朝鮮半島における旧日本軍の武装解除を目的として、アメリカとソビエト連邦の間で緯度に基づき便宜的に引かれた分割統治ラインが「北緯38度線」でした。この境界線は文字通り地球の緯線に沿った一直線であり、地形や集落の生活圏を無視して機械的に引かれたものでした。
その後、1950年に勃発した朝鮮戦争を経て、激しい攻防戦の末に1953年7月27日に結ばれた休戦協定の経緯によって新たに画定されたのが現在の軍事境界線です。この線は戦争終結直前に両軍が対峙していた実際の最前線(接触線)を基準に設定されたため、直線ではなく西側が南に下がり、東側が北にせり上がる斜めの形状を描いています。
現在、北朝鮮と韓国の境界線地図を確認すると、西部の開城(ケソン)付近は38度線より南側にありながら北朝鮮領となっており、逆に東部の束草(ソクチョ)周辺は38度線より北側にありながら韓国領に編入されています。「分断の原点=38度線」「現在の実際の境目=軍事境界線」と整理すると、その地理的実態が明快に理解できます。