なぜ平城京は碁盤の目なのか?長安模倣の真相と現代に残る痕跡を解剖

なぜ平城京は碁盤の目なのか?長安模倣の真相と現代に残る痕跡を解剖

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平城京が整然とした格子状の街並みを持つ最大の理由は、古代中国で確立された都市区画法である条坊制の仕組みを国家統治の基盤として直輸入したことにある。条坊制とは、都の中央を南北に貫くメインストリートを軸に、東西・南北へ規則正しく大路・小路を巡らせて長方形のブロック(坊)を配置するシステムだ。

この碁盤の目状の道路網は、単なる景観の美しさや移動の利便性を求めたものではない。根本にあったのは「戸籍と課税の徹底管理」という実利的な目的だった。大宝律令(701年)の制定直後、律令国家としての産声を上げたばかりの朝廷にとって、誰がどこに住み、どれだけの税を納め、兵役を果たすのかを厳格に把握することは国家財政の生命線だった。住所を「左京三条二坊」といった座標軸で特定できるシステムは、当時の官僚組織にとって極めて合理的な行政ツールとして機能した。

さらに、都市空間そのものが身分序列を可視化する巨大な装置でもあった。都の最北端中央に天皇の居所・官庁街である「平城宮」を構え、南に向かって広がる広大な都市を見下ろす構造を取る。平城宮に近い北側の一等地に高位の貴族が邸宅を構え、南へ下るにつれて中下級官人、さらに庶民の住居が配置される階層構造が作られた。空間の幾何学的な秩序が、そのまま朝廷の権威と身分統制の心理的拘束力として作用したのが平城京都市計画の真相である。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。