首相が参拝を行う際、常に焦点となるのが「公式参拝」か「私的参拝」かという法的な位置づけです。この境界線は、内閣総理大臣という公的な権能を帯びた立場と、一個の私人としての信教・信条の自由が衝突する領域にあります。
1985年に中曽根康弘首相が戦後初となる「公式参拝」を行った際、政府の有識者懇談会(藤波官房長官の私的諮問機関)は以下の要件を提示し、憲法第20条第3項が禁じる「宗教的活動」に抵触しない形を模索しました。
- 記帳における肩書き:「内閣総理大臣」と記しても地位を表す呼称にすぎないとする解釈と、私人として記名する立場の峻別
- 費用の出所:公費(内閣官房報償費等)からではなく、私費で玉串料や供花料を支出すること
- 拝礼の儀礼:神道特有の「二礼二拍手一礼」を避け、頭を一礼するのみの「一礼方式」をとること
- 公用車の使用:公務としての移動か私的な移動かによる移動手段の区別
しかし、中曽根公式参拝に対して中国が猛烈に反発し、国内でも違憲訴訟が相次いだ結果、次代以降の政権は直接参拝を避け、春・秋の例大祭に「内閣総理大臣」名義で「真榊(神前のお供え物)」を奉納し、8月15日の終戦記念日には自民党総裁として私費で「玉串料」を納めるという実務的妥協策を定着させました。これに対しても「実質的な宗教的関与であり政教分離の趣旨を骨抜きにしている」という批判と、「国のリーダーとして戦没者追悼の最低限の礼を尽くしている」とする支持の両論が拮抗し続けています。