金刀比羅宮を参拝する際、避けて通れないのが石段の存在です。表参道から本宮までは785段、さらに奥社(厳魂神社)までは実に1,368段という膨大な段数が続きます。なぜこれほどまでの規模になったのか、そこには日本の伝統建築と民俗信仰が結びついた驚くべき工夫が隠されています。
本宮までの階段は、物理的な段数をそのまま数え上げると実は「786段」存在します。しかし、「786」という数字は語呂合わせで「な・や・む(悩む)」に通じるため、縁起を重んじる神域として忌避されました。そこで江戸時代の改修時、御本宮手前の「闇峠(くらがりとうげ)」付近に下り階段が1段意図的に設けられました。「786段から1段引いて785段にする」という引き算の設計により、「悩みを落として前進する」という祈祷的な意味合いが込められたのです。
また、象頭山は古来より山岳修験の霊峰であり、中世には修験僧が修行に励む場でした。参拝者が息を切らし、一歩一歩自らの足で登る行為そのものが、日頃の罪穢れを祓い清める「擬似的な出家修行」としての機能を果たしてきました。1,368段の奥社に祀られる厳魂彦命(いづたまひこのみこと)は、当宮を守護するために天狗となって飛び去った金光院第四代院主・宥雅(ゆうが)上人の姿と伝えられ、険しい山道を登りきった者だけがその神妙な威光に浴することができます。