なぜ地デジ化という国家プロジェクトの節目において、全国のチャンネル番号を一律で統一しなかったのでしょうか。その深層には、半世紀以上にわたって形成された日本の放送行政の妥協と、メディア社会学における「視聴習慣の身体化」という現実的な壁が存在していました。
地デジ移行前のアナログ放送時代、電波の物理的周波数(VHFチャンネル)は各局の親局ごとに異なって割り当てられていました。
- 東京のTBS:アナログ6ch
- 大阪の毎日放送(MBS):アナログ4ch
- 名古屋の中部日本放送(現CBC):アナログ5ch
- 北海道の北海道放送(HBC):アナログ1ch
地方の老舗民間放送局は、昭和20年代後半から30年代にかけて地域初の民放として開局した経緯があり、地域の視聴者にとって「テレビの4番=毎日放送」「1番=HBC」という図式は、無意識に指先が覚えている絶対的な生活習慣でした。
総務省が2000年代初頭にリモコンキーIDの策定を進めた際、キー局の番号に統一して地方局すべてを「6」に揃えようとすると、数十年にわたり地元に密着してきた地方準キー局・基幹局が猛反発しました。「長年慣れ親しんだチャンネル番号を変えさせられると、高齢者をはじめとする地元住民が大混乱に陥り、視聴率の激変によって経営基盤が揺らぐ」という危機感があったためです。
結果として、放送行政は中央集権的な全国統一よりも「地域の視聴習慣の維持」を最優先とし、アナログ時代の番号を引き継ぐ例外措置を容認しました。現在私たちが経験する番号のズレは、地方自治とローカルメディアの独立性が守られた歴史の証拠でもあります。