やっちゃ場の意味と語源を徹底追跡|競りのかけ声と江戸三大市場の歴史

やっちゃ場の意味と語源を徹底追跡|競りのかけ声と江戸三大市場の歴史

やっちゃ場の意味と語源を徹底追跡|競りのかけ声と江戸三大市場の歴史の要点や背景をコンパクトにまとめました。全体像を一目で把握できます。

江戸の都市人口が100万人を超え、世界有数の大消費都市となった18世紀以降、幕府の公認を受けて発展したのが「江戸三大青果市場(江戸三大やっちゃ場)」です。それぞれの市場は、運送ルートや周辺農村の立地特性に応じて明確な役割分担を持っていました。

市場名立地・主な入荷ルート主な取扱品目・特徴現代への系譜・現状神田やっちゃ場(神田青物市場)神田多町・須田町周辺
(神田川の水運を活用)幕府御用市場として発展。江戸城下全域への供給を担う最大の拠点。秋葉原への移転を経て、現在は日本最大級の大田市場へ中核機能が移転。千住やっちゃ場(千住青物市場)足立区千住河原町周辺
(隅田川・日光街道)関東近郊(埼玉・茨城・千葉)の近郊農業地帯から舟運・陸路で集積。現在の足立市場(現在は都内唯一の水産専門公認市場へ転換)の母体。駒込やっちゃ場(駒込辻の青物市)文京区・豊島区境
(中山道・日光御成道)練馬や尾久などの近郊農村で採れた「ナス」「ダイコン」等の新鮮な朝採れ野菜。大正期以降に豊島市場などへ統合・再編され、地域の歴史遺産として石碑が残る。京橋大根河岸(だいこんがし)中央区京橋周辺
(京橋川の水運)三大市場に次ぐ規模。三浦半島や千葉方面から船で運ばれる根菜類が中心。関東大震災後に築地市場の青果部へ移転、現在は豊洲市場青果部へ継承。

これらの市場は単に野菜を売買するだけでなく、地方から運ばれてくる最新の収穫情報や天候情報が集まる「情報センター」としての機能も果たしていました。江戸市中の物価を左右する心臓部として、町奉行所の手厚い保護と統制を受けていたのです。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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