釜爺の身体におけるもうひとつの大きな謎が、釜爺腕が伸びる理由です。劇中、釜爺は座敷の中央から一歩も動くことなく、壁一面に張り巡らされた無数の引き出しから的確に生薬を取り出します。関節の構造を無視してゴムのようにしなる腕は、数十メートル先まで滑らかに伸長します。
この現象の根底にあるのは、彼が担う釜爺ボイラー室仕事内容の過激さにあります。油屋釜爺の役割とは、油屋に湧き出る温泉の温度を一定に保つための熱源管理にとどまりません。来訪する神々の性質や好みに応じ、乾燥させた多種多様な薬草を調合・粉砕し、壁面の木札(湯札)の要請に応じて瞬時に「薬湯」を作り出すという、現代で言えばセントラルキッチンの調合主任とエネルギーインフラ管理を兼任する重責です。
もし人間の腕の長さのまま作業を行えば、広大な地下室を一日中走り回り、梯子を上り下りしなければなりません。宮崎駿監督が描いたのは、「ひとつの作業場に数十年、あるいは数百年張り付き、その場所の機能と肉体が完全に一体化した職人の極致」です。アニメーション的なケレン味(誇張表現)でありながら、無駄な移動時間を完全にゼロ化し、座ったまま360度すべての空間にアクセスするという、究極の現場最適化が「伸びる腕」というビジュアルとして結実しています。
さらに見逃せないのが、石炭を運ぶ小さな黒い生き物たち、すなわち釜爺ススワタリ関係性です。釜爺は彼らを単なる下請けとして冷酷に酷使するのではなく、労働が終われば金平糖を与え、千尋が仕事の邪魔をした際には「手ぇ出すなら終いまでやれ」と叱責しつつも庇います。自らの超人的なマルチアームとススワタリたちの小回りを組み合わせた見事なライン管理は、現場のワンオペレーションを極限まで洗練させた共生システムと言えます。