洗濯機の歴史を徹底解剖!三種の神器からAi全自動へ至る進化の真実

洗濯機の歴史を徹底解剖!三種の神器からAi全自動へ至る進化の真実

洗濯機の歴史を徹底解剖!三種の神器からAi全自動へ至る進化の真実の重要ポイントを解説します。最新トレンドが詰まっています。

日本における電気洗濯機の第一歩は、1930年(昭和5年)に芝浦製作所(現・東芝)が開発した「Solar(ソーラー)」A型でした。これが名実ともに国産初電気洗濯機の歴史の幕開けです。当時の米国製ゼネラル・エレクトリック(GE)社製洗濯機を手本にしつつ、攪拌翼を底部に設けた構造を採用しました。しかし、販売価格の370円は、当時の銀行員の初任給が50円前後だった時代において、家が一軒買えるほどの破格の贅沢品であり、宮内省(現・宮内庁)やごく一部の富裕層、大病院向けに留まっていました。これが東芝白物家電の歴史における記念碑的プロダクトでありながら、庶民の日常を変えるには至らなかった構造的要因です。

日本の洗濯事情を一変させたのは、終戦後の1953年(昭和28年)でした。この年、後発メーカーであった三洋電機(現・パナソニック系およびアクアへ継承)の創業者・井植歳男氏が世に送り出したのが、噴流式洗濯機と三洋電機の金字塔となる「SW-301」です。

従来の攪拌式は構造が複雑で高価になりがちでしたが、三洋電機は洗濯槽の側面に羽根(パルセーター)を取り付け、強力な水流で汚れを落とす噴流式を考案しました。部品点数を劇的に削減したことで、当時の市場価格が約5万円だったところを、2万8,500円という衝撃的な低価格で発売したのです。当時の平均月収から見ても依然として大金ではあったものの、「月賦(割賦払い)を利用すれば庶民の手が届く」絶妙なラインを突いた製品でした。

この価格破壊を口火として、白黒テレビ、冷蔵庫と並び称された三種の神器と洗濯機のブームが列島を席巻します。内閣府の「消費動向調査」を紐解くと、洗濯機の普及率推移まとめのデータは驚くべき伸びを示しています。1955年にはわずか数パーセント台だった家庭普及率は、1960年には50%を超え、1965年には70%を突破しました。戦後復興期の日本において、洗濯機は主婦を過酷な水仕事から解放し、高度経済成長を支える女性の社会進出や余暇の創出に決定的な役割を果たしたのです。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。