トータス松本と奥田民生の関係性を語る上で欠かせないのが、「1歳差」という絶妙な年齢差です。奥田民生は1965年5月生まれ、トータス松本は1966年12月生まれであり、学年で言えば奥田民生が一つ先輩にあたります。ユニコーンが1987年にメジャーデビューし、一足先に全国区のロックスターとして駆け上がっていた頃、ウルフルズは大阪のライブハウスを拠点に泥臭い下積みを続けていました。ウルフルズのメジャーデビューは1992年、大ブレイクを果たした名曲『ガッツだぜ!!』のリリースは1995年のことです。
当時の音楽雑誌のインタビューや対談記事を振り返ると、トータス松本は奥田民生に対して常に「憧れの先駆者」としての敬意を隠していません。一方の奥田民生も、圧倒的な声量と黒人音楽由来のグルーヴを武器にポップシーンのど真ん中へ殴り込んできたトータス松本の歌唱力に対し、早い段階から一目置いていたことが記録されています。関係者の証言によると、バックステージで顔を合わせる際、トータス松本は先輩である民生を「民生さん」と呼び立てつつも、関西人特有の軽快なツッコミを入れ、民生がそれを照れ笑いで受け流すという構図が自然と定着していったといいます。
単なる体育会系の上下関係ではなく、同じ「バンドの顔として重圧を背負い続けてきた男たち」だからこそ通じ合える無言の理解。これが、二人の間に漂う心地よい信頼感の正体です。