犯行後、茂永容疑者が事前に準備し、富岡八幡宮の責任役員や全国の主要神社、マスコミ関係者に向けて投函していた全8ページに及ぶ遺書の存在が明らかになりました。その文面は、自らの正当性を主張すると同時に、激しい怨嗟と呪詛で埋め尽くされていました。
遺書の中で茂永容疑者は、長子氏を徹底的に誹謗中傷した上で、「富岡八幡宮から長子氏の記録を一切抹消すること」「自身の息子を次の宮司に迎えること」などを要求。さらに最も世間を慄然とさせたのは、以下のような異様な言葉でした。
「もし私の要求が受け入れられない場合、永遠に怨霊となり、富岡八幡宮およびその関係者に祟り続ける」
宗教者でありながら、神の加護ではなく「怨霊」となって祟るという呪詛の表明は、犯行の異常性と容疑者の病的な執着心を如実に浮き彫りにしました。この文書の存在が報じられると、読者や参拝者にさらなる心理的ショックを与えることとなりました。