制度の複雑さは、現場の第一線で働くパートタイマーや家庭の主婦・主夫に直撃しています。SNSやコミュニティ掲示板、労働相談の現場に寄せられた生々しい証言から、その深刻な歪みが浮かび上がります。
都内の大手スーパーに勤務する40代のパート女性は、自嘲気味にこう語っています。「月収が8万9000円になり、健康保険と厚生年金に加入することになりました。交通費月1万2000円も含めて保険料が計算され、給与明細を見ると毎月約1万5000円が天引きされています。以前より労働時間を月15時間増やしたのに、毎月の手取りは1万円近く減りました。家族のために働いているのに、何のために疲弊しているのか涙が出ました」。
これが、いわゆる手取り逆転現象が起きる理由の正体です。社会保険に加入すると、健康保険料(介護保険料含む)約5%、厚生年金保険料約9.15%、雇用保険料が天引きされます。企業側が折半負担しているとはいえ、労働者本人への打撃は計り知れません。年収105万円の労働者が少し頑張って年収115万円まで稼いだとしても、手取り額は約98万円程度にまで落ち込みます。以前の105万円の手取り水準を取り戻すには、最低でも年収125万円以上、実質的に手取りを増やすには年収150万円程度まで一気にシフトを増やす覚悟が求められるのです。
政府はこうした「働き控え」を是正するため、事業主が手当を支給して労働者の手取りを減らさないように支援する「年収の壁支援強化パッケージの詳細まとめ」を打ち出し、助成金の活用を呼びかけてきました。しかし、現場の事務負担や数年間の時限措置に対する企業の躊躇もあり、中小現場への完全な浸透には至っていません。
こうした混乱を受け、厚生労働省の社会保障審議会年金部会などを中心に議論されているのが、106万の壁撤廃に関するネットの反応を二分している「賃金要件・企業規模要件の完全撤廃」という改革案です。「週20時間以上働く労働者は全員、年収にかかわらず一律で社会保険に加入させる」という方向性に対し、ネット上では「主婦パートの家計を破壊する大増税だ」「短時間勤務で社会保険を取られたら月々の手取りが6万円台になって生きていけない」という強い悲鳴と猛反発が巻き起こる一方、「将来もらえる年金受給額が増えるのだから、最初から全員加入させるのが長期的には正解」という現実的な賛同意見が激しく衝突しています。