キタサンブラックと北島三郎の真実|350万の名馬が紡いだ奇跡と現在

キタサンブラックと北島三郎の真実|350万の名馬が紡いだ奇跡と現在

キタサンブラックと北島三郎の真実|350万の名馬が紡いだ奇跡と現在の基本情報から最新動向までをわかりやすく整理しました。

キタサンブラックの足跡を語る上で欠かせないのが、名手・武豊騎手との巡り合いです。デビュー当初は北村宏司騎手が手綱を取り、菊花賞を制覇して北島氏に馬主歴52年目にして初のクラシックタイトルをもたらしました。その後、北村騎手の負傷療養などを経て、古馬となってから主戦に指名されたのが武豊騎手でした。

関係者の間でも語り草となっている武豊 キタサンブラック 秘話があります。武豊騎手は初めてコンビを組んだ際、500キロを超える雄大な馬体でありながら、卓越したコーナリングの巧みさと「レース中に自ら息を入れられる知性」に驚嘆したと語っています。道中で無駄なエネルギーを一切使わず、騎手の指示に忠実に従いながら、直線で相手をねじ伏せる。武豊騎手は後に「これほど競馬を知り尽くした賢い馬はめったにいない。乗っていてこれほど頼もしい相棒はいなかった」と振り返っています。

そして、勝利のたびに競馬場を狂乱の渦に巻き込んだのが、ウイナーズサークルで行われた北島氏による熱唱でした。このキタサンブラック まつり 熱唱理由は、単なる芸能人のパフォーマンスや勝利の歓喜の誇示ではありませんでした。北島氏の北島三郎 馬主 経緯は昭和30年代に遡り、50年以上にわたって勝てない苦節の時代を競馬界と共に歩んできた歴史があります。北島氏は自著や特番において「雨の日も風の日も馬券を買って競馬場に足を運び、馬たちを応援してくれる何万人ものファンに、歌い手として最高の感謝を届けたかった」と明かしています。

その集大成となったのが、2017年12月24日の中山競馬場、北島三郎 有馬記念 引退式でした。有馬記念を見事に逃げ切って有終の美を飾った夜、冷え込む中山の空の下、残った数万人のファンを前に北島氏は声を詰まらせながら「まつり」を熱唱しました。自身の頸椎の手術など体調が万全ではない時期が重なっていた北島氏は、「あいつ(キタサンブラック)が自分の代わりに命を削って頑張ってくれた」と愛馬への尽きせぬ感謝を口にし、競馬史に残る美しい引き際を飾ったのです。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。