大崎八幡宮の歴史的ルーツは古代にまで遡ります。社伝によると、征夷大将軍・坂上田村麻呂が東夷征伐の際、岩手県の胆沢城に武運長久を祈って勧請した「鎮守府八幡宮」が起源とされています。その後、室町時代に奥州管領であった名門・大崎氏が自領の鳴子・岩出山へ遷座させたことから「大崎八幡宮」と称されるようになりました。
大崎氏が滅び、葛西大崎一揆を経て領主となった伊達政宗は、関ヶ原の戦い後の慶長5年(1600年)に仙台開府を決意。慶長9年(1604年)から3年の歳月をかけて、仙台城下北西の景勝地に壮大な社殿を造営し、「仙台総鎮守」として遷座させました。
仙台城から見て北西の方角は、風水・易学において「乾(いぬい=戌亥)」にあたり、天門・主人の座を意味する最も神聖かつ防備を固めるべき方角です。政宗は伊達家の守護神であると同時に、城下町全体の安寧と伊達氏歴代の繁栄を祈願する絶対的結界として、この地に大崎八幡宮を配置したと歴史的に分析されています。