『遠山の金さん』が半世紀にわたり視聴者を惹きつけてやまない最大の要因は、周到に計算された「劇構造の様式美」にあります。
物語のクライマックスである北町奉行所のお白洲では、悪事を重ねた黒幕(悪徳商人や勘定奉行などの高官)が、平然としらを切って罪を逃れようとします。そこで北町奉行・遠山左衛門尉景元がおもむろに告げる名セリフが、場内の空気を一変させます。
「やい、悪党ども! おうおう、やかましいやい! この桜吹雪に見覚えがねえとは言わせねえぜ!」
羽織を滑り落とし、諸肌(または片肌)脱ぎになって顕わにする鮮やかな桜吹雪の彫物。直前まで「遊び人の金公」と見下していた男が、目の前に座す最高司法責任者その人であると悟った悪人たちの表情が、傲慢から驚愕、そして絶望へと暗転していく瞬間こそ、本作最大のカタルシスです。
当時の制作関係者の証言によると、この刺青の描写には俳優ごとに徹底したこだわりがありました。松方弘樹版では、専属の特殊メイク技師が数時間かけて背中全体に手描きで絵の具を施しており、汗で滲まないよう特殊な定着剤が使用されていました。高橋英樹版では腕から肩にかけての筋肉の躍動感を強調し、杉良太郎版では花びらが舞い散る繊細な絵柄で妖艶さを演出するなど、視覚的な美学が極限まで追求されていたのです。