歴史的事実から明確に答えを導き出すならば、大日本帝国の国旗は「日章旗(日の丸)」であり、旭日旗ではありませんでした。明治国家の成立から敗戦に至るまで、国家主権を対外的に示す唯一の国旗として国際社会に認知され、外交儀礼や国家行事で掲揚され続けたのは日章旗です。
この2つの旗が持つ役割の根本的な違いは、「国家そのものを表す旗(国旗・商船旗)」か、それとも「軍隊の所属と威容を示す旗(軍旗・軍艦旗)」かという点に集約されます。日章旗は国家の統治権や国民全体を包括するシンボルとして位置づけられたのに対し、旭日旗は国防組織である帝国陸海軍の標識として誕生しました。
デザインの由来と意味を比較すると、両者の思想的ルーツがより鮮明になります。日章旗は太陽神(天照大神)の末裔たる皇室の伝統や、古代から用いられてきた紅白の吉兆を背景とし、中世の合戦旗や幕末の徳川幕府・諸藩の惣印(船印)を経て「日本そのものの象徴」として純化されました。一方の旭日旗は、朝日が昇る際に放たれる力強い光条(旭光)を具現化したものであり、勢いの盛んな様子や国家・軍の武運長久を祈念する動的なエネルギーを可視化した意匠です。
日章旗が「静謐な太陽」を表す普遍的な国家の標識であるとすれば、旭日旗は「激動と拡大を象徴する光線」を伴う戦闘組織の標識でした。この本質的な機能分担を理解することが、近代日本史の表象を読み解く第一歩となります。