ジブリ作品において、キャスティングは物語の生命線を握る最重要プロセスです。当時の特番インタビューや関係者の手記によると、『紅の豚』のキャスティングには宮崎駿監督の極めて個人的なこだわりと熱烈なオファーが反映されていました。
まず、主人公ポルコ・ロッソを演じた森山周一郎氏の起用は、企画段階からの決定事項でした。宮崎監督自身が米俳優テリー・サバラス主演の海外ドラマ『刑事コジャック』における森山氏の吹替に強い感銘を受けており、「中年男の疲れとダンディズムを声だけで表現できるのは森山周一郎しかいない」と指名したという経緯があります。アフレコ現場で宮崎監督から「豚だと思って演じないでください、かっこいい男のままでいてください」と指示されたエピソードは、ファンの間でも有名です。
一方、ヒロインのマダム・ジーナ役を務めた加藤登紀子氏へのオファーも異例でした。当初、宮崎監督は映画の主題歌としてフランスの古謡『さくらんぼの実る頃』を使いたいと考え、加藤氏に歌唱を依頼。その打ち合わせの中で加藤氏の凛とした佇まいと低音の美しい語り口に魅了され、その場で「ジーナの声も演じてほしい」と直談判したと伝えられています。劇中で流れるエンディングテーマ『時には昔の話を』は加藤氏の既存曲でしたが、作品のテーマである「失われた青春と時代の黄昏」に完璧に合致したため採用されました。
さらに、飛行艇修理工の少女フィオ・ピッコロ役の岡村明美氏は、当時所属していた劇団青年座のオーディションを経て抜擢。本作がアニメ声優デビュー作となり、後に『ONE PIECE』のナミ役などでトップ声優へと駆け上がる大きな転機となりました。