事件の発端は1894年9月、パリのドイツ大使館でフランス軍情報部が回収したゴミ箱の紙くずから、フランス陸軍の砲兵機密を記した手書きの文書(通称「明細書(ボルドロー)」)が発見されたことでした。軍上層部は激震し、内部にスパイが存在することは確実とみて極秘捜査を開始します。
そこで捜査線上に突如浮上したのが、参謀本部に勤務していた砲兵将校アルフレド・ドレフュス大尉でした。彼の経歴は極めて優秀で、普仏戦争でドイツに割譲されたアルザス地方の裕福なユダヤ人家系に生まれ、名門エコール・ポリテクニーク(理工科学校)を卒業した非の打ちどころのないエリート軍人でした。
しかし、軍部は筆跡が「なんとなく似ている」という極めて曖昧な根拠だけでドレフュスを拘束。まともな裏付け捜査も行われないまま、秘密軍法会議において国家反逆罪で終身禁錮刑および軍籍剥奪の判決が下されました。公開剥奪式で階級章をもぎ取られ、群衆から「ユダヤ人を殺せ!」と罵声を浴びせられたドレフュスは、南米沖の絶海の孤島「悪魔島(デビルズ島)」の過酷な獄舎へと送られたのです。