花札(全48枚)の中で、「猪鹿蝶」を構成するのは10点札(通称:タネ札)に分類される特定の3枚です。それぞれの札には、日本の四季を彩る植物と象徴的な生き物が優美に描かれています。
1. 6月札:牡丹に蝶(ぼたんにちょう)
初夏を告げる「牡丹」は、古くから中国や日本で「百花の王」や「富貴花」と称され、富や不老長寿の象徴として愛されてきました。華麗に咲き誇る牡丹の上をひらひらと舞う「蝶」の姿は、優雅さと吉祥を表す伝統的な構図です。
2. 7月札:萩に猪(はぎにいのしし)
仲秋の初め、万葉集の秋の七草筆頭として知られる「萩(はぎ)」の花陰に身を潜める「猪(いのしし)」。猪は多産であることから子孫繁栄の象徴とされ、同時に作物を荒らす害獣を寄せ付けない勇猛さ、無病息災の守り神としても信仰されてきました。札に描かれている姿は「臥猪(ふすい)」と呼ばれ、草むらに伏して好機を窺う静かな力強さを表現しています。
3. 10月札:紅葉に鹿(もみじにしか)
晩秋を彩る「紅葉」と、物悲しげにたたずむ「鹿」の組み合わせです。古今和歌集に収められた猿丸太夫の秀歌「奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋は悲しき」に代表されるように、秋の情感を象徴する詩情豊かなモチーフとして定着しました。鹿は春日大社などで神の使い(神使)としても尊ばれる神聖な生き物です。
これら3つの意匠は、花札の考案者が勝手に組み合わせたものではなく、平安時代から続く大和絵や屏風絵、蒔絵などの工芸品で確立されていた「風流の定番の取り合わせ(好みの対)」をそのまま札に落とし込んだものです。