米倉涼子は1992年の「第6回全日本国民的美少女コンテスト」で審査員特別賞を受賞して以来、実に27年間にわたりオスカープロモーションの「顔」として同社を牽引してきました。それだけに、2020年3月末をもって満了退所したニュースは芸能界に大きな衝撃を与えました。
当時の報道や関係各所の証言を総合すると、退所に至った決定打は主に「事務所内部の経営体制刷新」と「キャリア形成における自己決定権の獲得」の2点に集約されます。
創業社長として米倉涼子を二人三脚で育て上げた古賀誠一氏が会長職へ退き、経営陣の世代交代が進んだことで、社内のマネジメント方針や現場スタッフの配置が大きく変化しました。これに伴い、長年苦楽を共にしてきた敏腕マネージャーや幹部社員の離脱が相次ぎ、彼女を取り巻く制作・交渉環境が激変したことが独立への大きな引き金となりました。
さらに見逃せないのが、米倉涼子自身の健康面と表現活動に対するスタンスの変化です。彼女は2019年に難病である「脳脊髄液減少症」を発症し、激しい倦怠感やめまいと闘いながら撮影を続けていました。大手プロの枠組みの中では避けられない過密なスケジュール管理から脱却し、自らの体調と相談しながら作品を選定する自由を得るためにも、独立という決断は必然であったと分析されています。