信長の高身長説を裏付ける決定的な一次資料として、絶対に無視できない二大証拠が存在します。それが、当代一流の観察眼を持っていたイエズス会宣教師ルイス・フロイスによる記録と、信長所用と伝わる甲冑(胴丸・当世具足)の実寸寸法です。
フロイス『日本史』が描写した「痩躯にして長身、高い美声」
永禄12年(1569年)、京都二条の宿所にて信長と直接対面したルイス・フロイスは、本国ポルトガルへの報告書や主著『日本史』において、信長の風貌を極めて客観的かつ精緻に書き残しています。
フロイスの手記には、「彼は中背より高く、痩せていて、髭は少なく、声は極めて高く明瞭である。軍事を好み、極めて決断力に富み、名誉心に満ちている」と記されています。ヨーロッパの成人男性を見慣れていた白人宣教師の目から見て「中背より高い(原語ニュアンスとしては均整の取れた大柄な体つき)」と評された事実は、日本人離れした背丈の証拠として極めて重みを持っています。
現存する甲冑寸法から逆算される「引き締まった体重」
さらに物理的な証拠となるのが、建勲神社や熱田神宮、各地の博物館に伝存する信長の甲冑寸法です。甲冑の胴回り、草摺(くさずり)の長さ、兜の鉢のサイズなどを立体スキャンおよび寸法測定した研究では、着用者の身長は167cm前後、胸囲は約88〜92cmと弾き出されました。
この骨格構造とフロイスの「痩せて引き締まっている」という目撃証言を照らし合わせると、織田信長の体重は推定60kg〜65kg前後であった可能性が極めて濃厚です。無駄な贅肉を削ぎ落とし、筋肉質の体幹を維持していたアスリート型の体躯であったことが浮き彫りになります。