『古事記』上巻における黄泉比良坂の物語は、日本神話屈指のドラマチックな場面として語り継がれています。火神を生んだことで命を落とした妻・伊邪那美命(イザナミ)を連れ戻すため、夫である伊邪那岐命(イザナギ)は暗黒の黄泉の国へと向かいます。しかし、そこで目にしたのは変わり果てた妻の腐敗した姿でした。
驚愕して逃走するイザナギに対し、恥をかかされた怒りに燃えるイザナミは黄泉軍(よもついくさ)や八雷神(やついかづちのかみ)を放って追撃します。絶体絶命の窮地に陥ったイザナギが逃げ延びた終着点こそが「黄泉比良坂」でした。イザナギは坂の麓に実っていた桃の実を3個投げて追手を退散させ(この功績により桃は「意富加牟豆美命(オオカムヅミノミコト)」という神名を授かります)、最後は巨大な岩で坂の道を完全に塞ぎました。
このとき道を塞いだ巨石が千引の岩(ちびきのいわ)であり、「道反之大神(ちがえしのおおかみ)」として祀られます。二神はこの大岩を挟んで永遠の別れを告げ、イザナミは「1日に1000人の人間を絞め殺す」と言い放ち、イザナギは「それならば1日に1500の産屋を建てよう」と返答しました。これこそが、人間の生と死のサイクルが始まった起源神話です。