「国民が直接決められるなら、政治の腐敗や不満はすべて解消する」と考えるのは早計です。スイス型直接民主制には、制度上避けられない深刻な盲点とデメリットが存在します。
1. ポピュリズムと多数派専制による「少数派の排除」
国民感情がダイレクトに法改正へ直結するため、時に感情的・排外主義的な政策が可決されるリスクを孕んでいます。過去にはイスラム教寺院の塔の建設を禁じる「ミナレット建設禁止イニシアチブ」や、外国人犯罪者の自動追放条項が可決され、国際人権法規規約との整合性をめぐって国内外で激しい論争を巻き起こしました。
2. 変化の遅れと「女性参政権の導入遅延」
男性有権者のみによる国民投票で女性参政権の是非を決めていたため、スイス連邦レベルでの女性参政権獲得は1971年まで遅れました。さらに保守的なアッペンツェル・インナーローデン準州では、連邦裁判所の命令が出る1990年まで女性の地方参政権が認められませんでした。直接民主制は、時に強固な保守的偏見を温存する防壁になり得ます。
3. 膨大な社会コストと妥協による「決定の遅延」
法案が通っても国民投票で覆されるリスクを回避するため、連邦議会や政府は法案作成段階で利害関係者や野党との徹底した事前すり合わせ(協議手続き)を強いられます。結果として、一つの重要政策を成立させるまでに数年から十数年の歳月を要することが珍しくありません。