インターネット上の掲示板やSNSでは、時に「メキシコ系ではないラッパーがチカーノを名乗るのは文化の盗用(Cultural Appropriation)ではないか」という単純化された批判が見受けられます。しかし、南カリフォルニアの地域社会や移民史を掘り下げると、そうした二項対立では測れない実態が浮かび上がります。
1980〜90年代のロサンゼルス近郊の低所得者層居住区では、ヒスパニック系のみならず、中東やアジア系からの移民第二世代が同一のコミュニティで肩を寄せ合って生活していました。学校、ストリート、そして少年院や刑務所という閉鎖空間において、彼らが共有したのは「貧困と法執行機関からの抑圧」という共通の現実です。
Mr. Capone-Eは裕福な家庭からチカーノのファッションだけを真似た「コスプレ」ではなく、過酷なフッドの規範(コード)に命懸けで従い、自らの生存を証明してきました。だからこそ、多くのチカーノOGたちも彼を排除するのではなく、「ファミリーの一員」として認めたのです。表面的な人種ラベルだけでカルチャーを語ることの危うさを、彼の軌跡は雄弁に物語っています。