「1万本以上の歯があるのなら、指を噛まれたら流血するのではないか?」という疑問を抱くのは自然なことである。しかし結論からいえば、健康な人間の皮膚をカタツムリが噛み切って出血させることは物理的にほぼ不可能である。
飼育現場で体験する「シャリシャリ」という触感
実際にカタツムリを手のひらに乗せ、人参やキュウリの破片に見立てて指先を差し出すと、口器をもぞもぞと動かして接触してくる。このとき感じる感覚は「痛み」ではなく、目の細かいサンドペーパーや猫の舌で優しく撫でられているような、かすかな「ザラザラ感」に過ぎない。 噛む力自体は微弱であり、カタツムリの口の開口幅も数ミリメートル程度しかないため、人間の強靭な角質層を食い破るほどの圧力は生み出せない。
コンクリートすら削り取る驚異の切削能力
人間の皮膚には無害である一方、その切削力自体を侮ることはできない。飼育愛好家の間では、静まり返った夜間に飼育ケースから「シャリッ、シャリッ」という乾いた音が響く現象がよく知られている。これはカタツムリがケース内の小石や、自分の殻を強化するために配置された卵の殻、あるいはコンクリート片を削り取って食べている音である。 カタツムリは自身の重厚な炭酸カルシウムの殻を維持・成長させるため、定期的に石灰岩やコンクリートの壁を歯舌で削り、カルシウムを体内に補給する。ヤスリを何度も往復させることで、時間をかけて無機質の岩石すら粉末状にして削り落とす能力を秘めている。