二人の出会いは1990年代半ば、中嶋朋子が出演した雑誌の撮影現場でした。当時、担当ヘアメイクとして中嶋のスタイリングを手掛けたのが西村氏でした。
中嶋朋子は4歳で劇団ひまわりに入団し、幼少期から『北の国から』の黒板蛍として日本中から愛され続けました。しかしその圧倒的な名声の裏で、彼女は「国民の娘・蛍」という強烈なパブリックイメージと「一人の生身の人間・中嶋朋子」との激しい解離に苦しみ、深いアイデンティティの葛藤を抱えていたことが自著や当時の特番インタビューでも率直に吐露されています。
現場で出会った西村氏は、中嶋を「国民的ドラマの蛍ちゃん」というフィルターを通して見ることは一切ありませんでした。現場の慌ただしい空気の中、虚飾のない等身大の女性として自然体に接し、彼女の抱えていた緊張や孤独を静かに解きほぐしていったのです。
この出会いは、中嶋にとって重圧から解放される決定的な転機となりました。飾らない対等な対話を重ねる中で交際へと発展し、1998年に婚姻届を提出。同時に中嶋の妊娠も公表され、四半世紀以上前の当時としては先進的だった「授かり婚」は大きな話題を呼びました。世間からの詮索に対しても、二人は毅然として自らのペースを崩さず、静かに家庭の礎を築いていきました。