納屋橋市場の現在と跡地再開発の真実!柳橋との違いや歴史を総力取材

納屋橋市場の現在と跡地再開発の真実!柳橋との違いや歴史を総力取材

納屋橋市場の現在と跡地再開発の真実!柳橋との違いや歴史を総力取材にまつわる役立つ知識を詳しく紐解きます。

納屋橋周辺が市場として栄えたルーツは、慶長15年(1610年)の名古屋開府にまで遡ります。徳川家康の命により福島正則が掘削したとされる堀川は、伊勢湾と名古屋城下を結ぶ大動脈であり、米や味噌、薪炭、生鮮食品を運ぶ舟運の拠点でした。納屋橋の袂(たもと)は物資の荷揚げ場として発達し、自然発生的に問屋や市場が形成されていったのです。

明治から昭和初期にかけて、名古屋の食の流通は堀川の水運に大きく依存していました。その後、1923年の中央卸売市場法制定を経て、1931年に公設の名古屋市中央卸売市場(日比野・本場)が開設される過程でも、納屋橋や柳橋周辺の民間市場群はプロの料理人から一般市民までを支える民間市場として強固なネットワークを維持し続けました。

しかし、高度経済成長期以降、物流の主役が舟運・鉄道からトラック輸送へと完全にシフト。水運の要衝としての地理的優位性は薄れ、築数十年の木造密集建築による防災上のリスクや建物の深刻な老朽化が表面化しました。地権者による長年の協議と名古屋市の都心軸活性化計画が合致し、「納屋橋東地区第一種市街地再開発事業」として解体・再整備されるに至ったのが歴史の真相です。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。