『Grateful Days』の大ヒットによってDragon Ashは一躍トップスターとなり、Kjは若者のファッションやライフスタイルのアイコンとなりました。しかし、この成功が皮肉にも悲劇の引き金を引くことになります。
KjがZeebraを心からリスペクトするあまり、その後の楽曲や歌唱法、身振りに至るまでZeebraのスタイルを強く意識したアプローチを続けたことに対し、ヒップホップコミュニティの内部で「文化の盗用」「オリジナリティの欠如」という批判が噴出しました。そして2002年、キングギドラが発表したアルバム『最終兵器』の収録曲『公開処刑 feat. BOY-KEN』において、ZeebraはKjを名指しに近い形で痛烈にディス(批判)したのです。
「真似事叫んでるただの猿」「フェイク野郎」といった過激な言葉を浴びせられたKjは、精神的に甚大なショックを受けました。敬愛する先達からの公開批判を受け、Dragon Ashはヒップホップアプローチから距離を置き、以降のライブで『Grateful Days』を完全にセットリストから封印することになります。Kjは後に「あの出来事で一度音楽を辞めようとまで追い詰められた」と語りつつも、その苦悩をバネにラテンやパンクロック、エレクトロを融合させた独自のミクスチャースタイルへと進化していきました。
長年にわたり冷戦状態と見られていた両者ですが、歳月がその傷を癒やしていきます。Zeebraは後の自叙伝『HIP HOP LOVE』などで、当時の行動がシーンを守るための過激な防衛反応であったことを振り返り、Kjの才能とJ-HIPHOPの拡大に果たした貢献を公に認めました。そして2010年代後半から2026年代にかけて、音楽フェスでの共演やバックステージでの対話を経て、2人は公の場で完全に和解を果たしました。2026年の現在、あの激動のビーフは「日本のストリートカルチャーが成熟するために避けて通れなかった通過儀礼」として語り継がれています。