長嶋家の内情を大きく変えた決定打は、2007年9月の母・亜希子夫人の急逝でした。長嶋家の精神的支柱であり、茂雄氏のマネジメントを一手に担っていた亜希子氏が心不全により64歳でこの世を去ったことで、遺された家族の歯車は狂い始めます。
焦点となったのが、長嶋茂雄氏の肖像権、商標、莫大な資産を管理する「オフィスエヌ」の主導権争いです。報道各社の取材データによると、生前母と二人三脚で事務所を切り盛りしていた次女・三奈氏が代表に就任したことに対し、長男・一茂氏との間で経営方針や権利関係を巡る激しい意見の対立が表面化しました。
一茂氏が茂雄氏の愛用していた記念品やトロフィーの一部を独断で売却したとされるトラブルや、「長嶋茂雄」の商標登録を巡る衝突は、週刊文春や週刊新潮をはじめとする主要週刊誌で大々的に報じられました。一茂氏は後に自著や特番インタビューにおいて、「兄弟とはもう何年も会っていない」「お互い自立して別の人生を歩んでいる」と明言。兄弟関係の確執は修復不可能なレベルに達していることを公然と認めています。
この泥沼の対立構造において、長女・有希氏は一貫して母・亜希子氏と三奈氏の側に立ち、一茂氏とは距離を置く道を選びました。家族のプライベートがスキャンダルとして消費されるなか、有希氏が表舞台に出て発言することは自らの平穏を壊す行為に他ならず、結果として「沈黙を貫く」姿勢がより強固なものとなったのです。