和彫りで蛙が選ばれる最大の理由は、日本語特有の言葉遊び「掛詞(かけことば)」と、過酷な自然を生き抜く生態系への信仰にあります。古くから旅人や博徒、職人たちの間で、「無事に帰る(無事帰る)」という道中安全の祈願として蛙の意匠が重宝されてきました。危険と隣り合わせの生活を送る人々にとって、生きて本拠地へ戻ることは何よりの願いでした。
さらに「カエル」の響きは、単なる帰還にとどまらず、多角的な吉兆を連想させます。失った財産を取り戻す「金が返る」、病気や老いに抗い活力を取り戻す「若返る」、あるいは幸運が舞い戻る「福が返る」といった、再生と好転のエネルギーを込めて肌に刻まれるケースが目立ちます。
また、蛙は一度に大量の卵を産むことから、古来より「子孫繁栄」や「豊穣」の象徴でもありました。水辺と陸地の双方を自在に行き来する両生類としての逞しさは、環境の変化に柔軟に適応し、何度でも這い上がる不屈の精神を表しています。