八代亜紀さん急逝の真相と遺された光|闘病の軌跡と遺産・名曲の全貌

八代亜紀さん急逝の真相と遺された光|闘病の軌跡と遺産・名曲の全貌

八代亜紀さん急逝の真相と遺された光|闘病の軌跡と遺産・名曲の全貌の全貌を分かりやすくまとめてご紹介します。

八代亜紀さんの原点は、平坦な成功ロードではありませんでした。熊本県八代市に生まれ、幼少期から父の歌う浪曲やジュリー・ロンドンのジャズに親しんだ彼女は、15歳で歌手を志して上京。若い頃の経歴を紐解けば、銀座の高級クラブでホステス兼歌手として歌い、客のリクエストに即興で応えながら喉を酷使する泥臭い下積みの日々がありました。

ハスキーボイスは当時、正統派美声が尊ばれた歌謡界で「ガラガラ声」「演歌には不向き」と酷評された挫折の種でもありました。しかし、1971年のデビューを経て、オーディション番組『全日本歌謡選手権』で10週連続勝ち抜きを達成。1973年の『なみだ恋』で一気にスターダムへ駆け上がると、1979年の代表曲『舟唄』、翌1980年の『雨の慕情』によって、日本レコード大賞を制覇し頂点を極めました。

特筆すべきは、彼女の表現欲が演歌の枠組みに決して収まらなかった点です。後半生ではジャズアルバム『夜のアルバム』を発表し、世界配信を通じて新たなファン層を開拓。さらに40歳を過ぎて本格的に打ち込んだ絵画の世界では、世界最古の公募展であるフランスの「ル・サロン」で5年連続入選という前人未到の快挙を成し遂げました。猫や人物、自然を精緻かつ温かな筆致で描いた油彩画は、彼女が歌に込めた情緒と分かちがたく結びついていたのです。

小林 直樹
著者

小林 直樹

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。