ネット上のコミュニティやSNSでは、当時の状況についていくつかの誤解が流布しています。一次情報や客観的なタイムラインを基に、それらの真相を正しく紐解きます。
誤解1:「ひょうきん族に打ち負かされて終了した」という虚構
「全員集合が終わった後、土8戦争はひょうきん族の独勝だった」と記憶している人が少なくありません。しかし実際は、『ごきげんテレビ』がスタートした1986年以降、番組は猛烈な勢いで巻き返しを図り、1987年には加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ 最高視聴率となる36.0%を記録して王座を奪還しています。むしろライバルであった『オレたちひょうきん族』は1989年10月に放送終了しており、土8戦争の最終的な勝者は加トケンであったというのが歴史的事実です。
誤解2:「ザ・ドリフターズのメンバーと対立・分裂していた」という噂
加藤と志村が2人だけで新番組を始めたことで、いかりや長介や高木ブー、仲本工事との確執が囁かれた時期がありました。しかし、実際にはいかりや自身が「これからは若いお前たち2人が中心になって新しい笑いを作るべきだ」と背中を押しており、番組内でもドリフメンバーがゲスト出演してコントを披露する「8時だョ全員集合 ドリフターズ」の絆を感じさせる名場面が幾度となく放送されていました。
誤解3:「おもしろビデオは海外番組の模倣である」という逆転の思い込み
海外のハプニング映像番組を見慣れた現代の若い世代からは「日本の番組が海外を真似たのでは?」と思われがちですが、事実は正反対です。『ごきげんテレビ』のビデオコーナーこそが世界初のオリジナルであり、米ABC局のプロデューサーがTBSと正式にライセンス契約を結んで制作したのが『AFV』でした。日本のテレビ発のフォーマットが世界基準を作った誇るべき功績です。