ネット上の言説やSNSの書き込みでは、時折「髙地優吾は下積みがなく、最初からエリートコースだった」という誤解が見受けられます。確かに、入所からわずか数週間でB.I.Shadowへ新加入し、中山優馬 w/B.I.Shadow、さらにはNYC boysとしてデビューを果たした経歴だけを切り取れば、破竹のスピード出世に見えるかもしれません。
しかし、その華やかな表舞台の裏には過酷な現実が存在していました。当時のインタビューや後年の手記において、髙地は「基礎的なステップすら踏めない状態で突然マイクを持たされ、周囲のJr.たちからの冷ややかな視線やプレッシャーに押しつぶされそうだった」と述懐しています。
さらに、NYC boysとしての活動が一区切りついた後、中島健人と菊池風磨がSexy Zoneとしてデビューすることが決定。取り残される形となった髙地と松村は、事実上のユニット解散という辛酸を舐めることになります。スポットライトの頂点から突如として先の見えないバックダンサーへと戻された挫折を経験しているからこそ、髙地優吾の言葉には軽薄な華やかさとは一線を画す、現場叩き上げの重みと謙虚さが宿っているのです。