観光地として洗練された本宮の華やかさとは対照的に、本宮から北へ約700メートル上った場所にある「奥宮」に足を踏み入れると、肌を刺すような空気の変容を実感することになります。鬱蒼とした杉木立に囲まれた参道を進むにつれ、観光客の嬌声は途絶え、川のせせらぎと風の音だけが響く静寂に包まれます。
奥宮の真下には、奈良の室生龍穴神社、備前の龍穴と並び称される「日本三大龍穴」が存在します。この龍穴は決して何人たりとも覗き見ることは許されず、江戸時代に本殿を修復した大工が誤ってノミを穴に落とした際、突如として激しい突風が巻き起こり、ノミを空高く吹き飛ばしたという怪異の記録が社記に残されています。神職でさえ近づくのを畏れるほどの原始的な自然信仰のエネルギーが、この場所に渦巻いています。
そして今なおネット上で囁かれる「丑の刻参りの痕跡」について、地元関係者や古くからの参道茶屋の声を集めると、単なるおとぎ話ではない生々しい実態が浮き彫りになります。
「昭和の頃までは、境内の奥深くや近隣の山林にある巨木に、五寸釘の打ち込まれた跡や藁人形の燃えかすが見つかることが実際にありました。現在は防犯カメラの設置や夜間の見回り、参道の夜間閉鎖などによってそのような行為は厳格に排除されています。しかし、人が抱く恨みや執着がこの聖域に集まりやすかったのは事実です」(参道商店関係者の証言)
SNSやネット掲示板上でも「奥宮エリアに入った瞬間、頭痛がした」「カメラのシャッターが切れなくなった」といった体験談が散見されます。これはオカルト現象というよりも、湿度の高い深い谷あいの地形が生み出す特有の冷気と、巨大な杉木立による威圧感が、人間の深層心理に強い畏怖を呼び覚ますためと考えられます。貴船の神域は、それほどまでに生々しい自然の力に満ちているのです。