ネットコミュニティやSNSを中心に、近年根強く支持されているのが「おばさん悪くない説」です。子どもの頃はただの悪役に見えたおばさんの言動ですが、当時の過酷な食糧事情と社会規範を理解するにつれて、評価は大きく逆転します。
当時、日本全土は極度の食糧難に陥っており、食料は厳格な配給制で管理されていました。おばさんが作った「雑炊」において、働きに出ている娘や下宿人には米粒の多い底の部分をよそい、何もせずに遊んでいる清太と節子には汁ばかりを与えたシーンは有名です。一見すると残酷な差別ですが、「国の役に立ち、家族の生活を支える労働者にカロリーを優先配分する」という行為は、一家を飢餓から救うためのギリギリの防衛策でした。
当時14歳の清太は、旧制中学校に通う立派な青年であり、戦時体制下では勤労動員や学徒動員で工場勤務や防火活動に従事すべき年齢でした。しかし清太は働こうとせず、昼間からオルガンを弾き、節子と海で遊ぶ日々を過ごします。おばさんが放った「お国のために働いている人に白米を食べさせるのは当たり前」「少しは働いたらどうなんだ」という言葉は、戦時社会における紛れもない正論だったのです。